焼却・処分(はらから 69号)

アメリカでBSEの一頭の牛に関係していると見られた数十頭が焼却処分されたという。東南アジア・韓国・中国・日本で鳥インフルエンザにより、すでに数百万羽の鶏がこれまた処分された。
この一連の報道に接しながら、焼却なり処分という言葉で報道されていることにもし誰も違和感を感じなくなっているとしたら怖いことだと思う。
あれは、焼却や処分ではなく、抹殺である。抹殺とは穏やかならぬどぎつい表現だ。しかし「焼却」や「処分」は物・ゴミに使うべき言葉で、牛も鶏も豚も物ではなくまぎれもないいのちではなかったのか。
牛も豚も鶏も人間の蛋白源となるためにこの世に生を受けたのでない。しかし人間のエゴのために、遺伝子操作までして品種改良され、生めよ・殖やせよと増産され、人間存在に都合が悪くなるとゴミなみの扱いをされ焼却・処分。
誤解の無いように。関係者だけを非難しているのではない。私も紛れもなくそれに荷担している。私の存在が脅かされなければ、あのいのちある生き物は殺されずに済んだ。その意味で私も紛れもない加担者。
ナチスドイツのユダヤ人に対する大量虐殺は人間に対するものだから「殺」の字を使う。牛や豚や鶏はそうではないから焼却・処分で済まされるのか?
ペットに対しては、人間に対する以上の異常なまでの愛情(?)を注ぎ、牛や豚や鶏が処分されたと聞いてもすっと聞き流せる感覚がどっかおかしいと思うのは、私一人か。
私が生きるために他の生き物のいのちを頂かずには生きてゆけぬことへの痛み、申し訳なさ。そのことにあらためて目を向けさせられたこのたびの一連の報道である。
牛丼が、ハンバーガーが食べられないという人間中心の危機感だけの騒動に終わらしてはなるまい。いのちというものを考える機会に、生きることのかたじけなさとむごさに気づく機会としなければ、私たちのために死んでいった牛や豚、鶏たちにあまりに申し訳ないではないか。

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