寺報2

寺報の編集が遅々として進まない。たいしたことを書いているわけじゃないのに、と弱音の一つも出したくなる。

夜は、4月からの連研(連続研修会)の講師団の寄り合い。それぞれが自分の担当する月とテーマをきめる。私はしょっぱなの4月担当。テーマは「お浄土とはどんなところなのでしょうか?」
浄土のイメージがつかみにくくなっているのが現代。伝える側にしてからが、そうである。まして人間の認識能力を基礎にして発展した自然科学的な発想で浄土を理解しようとする限り、それは不可能なこと。
うーん、じゃ、どう理解したらいいのか、どう伝えたらいいのか。
課題は大きい。
桐渓和上の晩年のお言葉が思い出される。
「お浄土は、好きなように思いなさい。人間には思われるようにしか思われないのだから。でも向こうへ行ったら、全部ちごうとったということになるのだろうということだけは間違いないでしょうな」ふたたびウーン。
人間の認識にかからない世界であるということが伝わればいいのだろうが・・・・・・・。浄土はあるか、ないかを問うのではなく、浄土が私のいのち、人生に何を語りかけてくるのかを聴いてゆくことに尽きる。

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