13回忌

今日、ある門徒宅の13回忌の法要に行った。
命日は平成5年4月1日ということになっている。なっているというのは、厳密には特定できぬからである。

名古屋のある大学の修士課程を卒業し、東京の企業に就職が決定。独身寮にはいり、入社式に備える。4月1日の入社式に本人出席せず。行方がわからぬということで、捜索願が出された。数日後寮の近くでスポーツウエア姿の遺体で発見された。事件か事故か判らぬまま最終的には事故として処理された。(夜のジョギングに出たらしい)

あの時の母親の嘆きぶりを今もはっきりと覚えている。通夜の夜、遅くまで自分も残っていたが、帰り際に親戚の何人かに、母親から目を離さないで、気をつけてくださいと言いおいた。無理からぬこととはいえ、それほどに母の精神状態は常ならぬものだった。

読経中に仏壇の隅に置かれた腕時計に目が行った。彼の遺品であろう。しかし、なんと秒針は動きをやめることなく、12年後の時刻を正確に刻みつづけていた。

読経・法話のあと、過ぎ去った歳月がいかなるものであったか、
年老いた両親はとつとつと語った。私は確かめるように母に尋ねた。
「あの腕時計は○○君のものですね?」
「そうです。発見されたときあの子が腕にはめていたものです。
 止まりそうになったら、電池を替えて今日まで来ました。」

息子は母の胸に生きつづけた。秒針の刻む60秒は母にとって息子の60拍の鼓動。秒針が止まってしまわないように、その動きを確かめ続けた12年間。
世間はあの哀しみに同情こそすれ、いずれ忘れてゆく。でも私だけは忘れないよ、親だもの、母だもの。
でもそんな思いすら口にすることを自らに禁じ、
       ただ、ただ見守り続けた12年間。

私は言葉を失った。
    
しずかに頭を垂れるよりほかに何ができようか。
    
       
親なればこそ、ようこそようこそ。

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