日別アーカイブ: 2005 年 3 月 29 日

朝(あした)には紅顔あって、夕べには

昨日のお客を福井駅に送った後、ガソリンスタンドで、軽油を満タンと、気にかかっていたトルコンのオイル交換。案の定真っ黒。待つている間に携帯に坊守から電話。とにかく済んだらすぐ帰ってきてという。

寺に帰ると近所のMさんが玄関に。この人はうちの寺の真宗教室にもう何年も通ってきている。今朝息子さんが急逝したという。私より1学年上。臨終のお勤めを頼まれた。手次のお寺が遠方で、学校にお勤めだからすぐにはきてもらえないという。
とりあえず阿弥陀経の勤行。白骨の御文章を拝読していたら、小声でついてくる人がいる。Mさんの親戚のおじいさん。
ホンマじゃのう、「朝には紅顔あって、夕べには白骨となれる身なり」、ホンマじゃのう、ホンマじゃのう。自分に納得させるかのようにつぶやきながら繰り返している。

今朝、起きてこないので見に行くと、胸の具合が悪いというので、大事をとって救急車を呼んだ。救急車が到着するまでに増悪。結局病院に着いたときはもう亡くなっていた。動脈破裂だったそうだ。

老父が、「お寺へ参らせてもらって、明日のいのちはわからんぞと聞かせてもらい、自分の覚悟はできていたつもりだったが、息子に先に逝かれるとは」と気丈に落ち着いて振舞ってはおられたが、その悲しみの底も抜けてしまったか。涙も出ないか。

悲しみの果てに、しかし同じところへ帰れるのだという世界を知らしてもらっているか。この悲しみに耐えられるのもこの世界あればこそ。

カテゴリー: JazzBose空言戯言日記 | コメントする