はらから脱稿、富山へ

遅れに遅れた「はらから」を午前中やっと脱稿。印刷所へ届けた。
市役所から足羽山陥没事故のその後の経過の葉書がきていたので、文面をコピーして、門徒で足羽山の墓地の所有者にこれまた葉書で出した。プリンターの具合が芳しくなく、紙を排出するのに空回りの連続。坊守が横で見ていて、こんなに調子悪いのなら、「ぼちぼち買い換えたら」という。今度は一挙にカラーレーザープリンターだ!!!

何とか葉書も刷り終え、いざ富山は善巧寺へ。(リンク参照)
14年間、ほぼ毎月出講してきた寺だが、今日と来月で歎異抄の後序を終え、私の責めは終えさせていただくことになっている。

思えば、この寺の雪山隆弘先輩が平成2年、50歳でその人生を終えてゆかれて今年は17回忌の年にあたる。先輩の3回忌を機縁に始まった勉強会。自分の勤めもいよいよ終わるとなると、感慨深いものがある。

通いなれた北陸自動車道。雪をいただいた立山連邦が今日はとくに美しく目に沁みた。

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