日別アーカイブ: 2006 年 5 月 22 日

われらは ほとけの こどもなり

タイトルの「われらは・・・・」は、住職も生寺の日曜学校で歌った(歌わされた?)歌詞の1節である。懐かしいその歌詞に先日思いがけない形でであった。

先にそこを読んでいただきたい。
http://www.shinran-bc.tomo-net.or.jp/message/index.html

読みながらウーンと思わずうなってしまった。そして後半部分でも考えさせられたことである。
もともと仏の子である子どもが仏弟子になるということと、もともと真宗門徒であった人が(真の)真宗門徒になることととは同義であろう。

《法名/仏弟子の名乗り(はらから68号)》でも取り上げたことであるが、帰敬式を受け、法名をいただくということの意味も併せて考えてみたいことである。

http://dp09155176.lolipop.jp/modules/weblog/details.php?blog_id=17

タレントの永○輔氏が、戒名(真宗では勿論法名と呼ぶ)なんていらないという話をしておられたのをこの耳でじかに聞いたことがある。(彼は寺院出身であり、僧侶であった父上を尊敬しておられるとのこと)

情けないと心底思った。無責任だと思った。
いかにおしゃべりが上手でも、知名度が高くても、仏法は真に仏法に帰依された方を通してしか伝わらない。考えてみればあたりまえのことだが。

千福寺の子ども会(土曜学校)は4男の小学校卒業と同時に生徒がいなくなって休校状態である。社会の五濁化を嘆きながらでも、地道ではあっても子ども達とともに仏様を「われらは仏のこどもなり」と一緒に歌い仰ぐことの大切さを教えられた。

もう一度土曜学校復活なるか(写真は2002年土曜学校卒業式)

カテゴリー: JazzBose空言戯言日記 | コメントする