寺報2

昨日に引き続き、寺便りの話。「はらから」というタイトルは前住職がつけて、ガリ版ずりで発行したもの。その後休刊が続いていたが、自分が入寺して復刊。復刊第1号が1981年3月。手書きの原稿を門徒の印刷所に持ち込んで、レイアウト等は印刷所にお任せ。出来上がったゲラ刷りをもらって、校正。再度印刷所に持っていき最終印刷。

しばらく、この形態がつづき、第17号(昭和61年10月)にワープロ印刷に変った。パソコンを導入して一○郎というワープロソフトで原稿書きをするようになった。同時にレイアウトも自分ですることになった。つまり版下まで自分で仕上げて、印刷所にまわすようになったわけである。ということは、誤植はすべてこちらの責任となる。過去の「はらから」の保存版を見ているとこの号以降の文字が例の24ドットのギザギザがのこるフォントで、いかにもという風情である。
少しでも綺麗に印刷したくて、パソコンを購入した電器店にデータを書き込んだフロッピーディスクを持ち込んで、店のレーザープリンターで出力してもらった事も懐かしい思い出である。ナンセ当時レーザープリンターはとてもとても手が届くような価格ではなかったからである。○太郎のソフトはデモのためか、店のパソコンにはすでにインストールされていた。

まもなく、J’sword JG(ジェー・ジー)というレイアウトソフトを購入し、はらからの編集・印刷はもっぱらこのソフトで行う。これが何年も続いた。このソフト自身もこの間、何度かバージョンアップした。影文字や、中抜き文字や、文字装飾ができることをしると、必要以上に文字飾りを多用し、かえって見にくいものになっている号も少なくない。

ここまでパソコンが普及した現在、どれだけそのOSの名前が記憶されているだろうか、その名も懐かしい「MS-DOS」 の時代である。
OSがWindowsに取って代わられるまでそれが続いた。
              
                        明日に続く

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