友人来福

ワールドカップ、自分の予想はフランスだった。一緒に見ていた四男は、イタリア
だといっていたが、そちらがあたった。

午前中墓参を含めお参り2件。
先般東京で高校の同窓生の弁護士が、職務上のことで福井へ来るといっていたが、今日がその日。夕刻、携帯に電話。仕事を終えたというので、刑務所に迎えに行くと「君が住職しているお寺が見たい」というので、拙寺へ案内。

鹿児島から東京へ出て、弁護士資格をとり都心で独立開業、さらに自前の事務所ビルまで所有。立志伝的なストーリーであり、内実は当然ドラマティック。高校3年時、同じクラスだったがまじめで控え目でだった彼が大学入試に失敗し、ドロップアウトしかかったのち、まさに一念発起して司法試験をパスし、ついに自社ビルを持つにいたった経緯は感動物である。

しかし、決して苦労・努力・成功したことが微塵も手柄話、自慢話に聞こえてこないのは、彼の性格、人徳によるものだろう。

尊敬する人の一人が稲盛和夫氏だという。先日この空言戯言日記に書いたばかりだが(6月28日)、稲盛氏が主催される若手の実業人を育てる会に、弁護士ながら加えていただいているという。決してどんな人が相手でも、いばらない、高飛車な態度をとらない方だと尊敬を込めて語ってくれた。
(そうだよな、ホンモノは威張らない、あるいは真の謙虚さを知っている人だよなと心の中で自分はつぶやいた)

午後6時過ぎの列車で東京へ帰れたのだが、超多忙な彼は、わざわざ私との時間を作るために、午後10時、福井発東京行き夜行バスにするという。これなら明日も朝から仕事ができるからだと。

彼のプロとしての時間の使い方を目の当たりにして、あらためて考えさせられると同時にその心配りに感謝した。
焼酎を飲みながら、坊さんの仕事はいいなと彼が言う。なんでそう思う?と自分。
生きる事、死ぬ事含めて我々が日常あまり考えないことを考え、勉強し、それを縁あるひとに伝え、それがまた自分にフィードバックされるんだろう。そしてまたそのことで感謝されることもあるだろうし、と。

確かにそういう面があることは事実である。感謝される云々はともかく、落ち込んだとき、腹立っているとき、それでも法話せねばならないときもある。しかし、法話させていただきながら、明らかに自分自身がその法話で元気を頂く、あるいはさらに自分を顧みさせていただくことはしばしばだ。(そしてもったいない事にお布施まで頂く)

5時間あまりの旧交を温めたひと時ではあったが、代えがたい有り難い時間だった。バスターミナルに送ってゆくと、坊守も見送りに来ていた。
バスの出発を見届け、二人ゆっくり自坊まで帰ってきた。今ごろ彼はバスの中で眠っているか、それとも持参していた分厚く重い公判の資料に目を通しているか。

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