自分探し

週刊新潮7月20日号。池田晶子氏の「人間自身」の記事にいたく共感。

現代人が陥っている深い落とし穴が「自分探し」と「自分(のこころ)に誠実に生きる」ということだと自分は以前から考えていた。その「自分探し」を池田氏はばっさり切って捨てる。
ニート・フリーター問題の根底に「自分探し」があるといわれる。
自分探しなどやめよ!自己の確立とか、本当の自分なんて虚妄に過ぎない、と。

これよりは自分の意見。仏教は無我を説く。あたかも普遍の自己(らしきもの)があると考える事が迷いなのだ。様々な縁で仮に今存在しているに過ぎないのが我々であり、すべての存在。

仮の存在は仮の存在でしかない。そしてそれ以上でもなければそれ以下でもない。それがすべてなのだ。

「自分にあった」「自分らしい」仕事、生き方を見つけるまでは働きたくないという理屈を大人が論駁できないのも、その大人も自信をもって無我ということを伝えられないからだろう。

「無我」とは、仏教ではそういうんだそうだというレベルの話ではない。すべての人がきづかねばならない(悟るべき)真理なのだ。

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