坂東眞砂子

今、ネットで話題騒然の作家。新聞でも一部取り上げた社はあるようだが。
空言戯言日記に取り上げたい話題ではないが、いのちの問題をはらんでいるだけに、否が応でも考えさせられた。

タヒチに住む彼女は現地で自分が日常的に行っている「猫殺し」を日経のエッセイに書いた。

正直言って不快極まりない思いがするの一言に尽きる。坂東眞砂子という作家についてはその作品を全く読んだ事がないが、ホラー作家として名を成し、タヒチで悠々と暮らせる身分だそうだ。ホラー小説や映画のファンには申し訳ないが、そのジャンルの作品は人が生きてゆく上で、少なくとも精神的な栄養となるような類のものではないだろう。

ただ、この騒ぎをネットで知り、情報を仕入れるためあちこちネット上を訪ね歩いた?ことは無駄ではなかった。

釈尊の前生話(ジャータカ)に登場する動物達と人間との関わりを通して知らされる動物観・生命観は、「いのち」をどう見るべきものなのか、捉えるべきなのかを繰り返し巻き返し教えてくれている。人はこうしたジャータカのような一見、他愛もないおとぎ話にしか読めないような物語を語り継ぐ事によって、いのちというものの捉え方をはぐくんできたのではなかったか。

たくさんのサイトで圧倒的に多い、坂東眞砂子氏に対する批判・非難を目にした。ただ、他の生き物(人間も含めて)のいのちを奪うという行為から、法律の問題(動物愛護法)、肉・魚を人間が食するという問題、ひいては死刑制度にいたるまでの幅広い議論がなされているサイトにも出会った。

法律の問題も含め、いのちを奪うという事の意味をあらためて考えさせられた。

しかし敢えて最後にもう一度言わせてもらう。
坂東眞砂子氏の自分の行為に対する弁明はあまりに自己弁護的で、自己正当化の域を出ていない。自分には不快極まりなかった。

※坂東眞砂子のエッセイの全文は、検索の結果、ネット上のこのブログで読むことが出来た。
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2006/08/post_3aec.html

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