月別アーカイブ: 2006年9月

葬儀

10時より葬儀。あらためて東京で社葬を行うとのことで、いわば密葬に近い親族・身内だけの参列。とはいえ、60〜70名の方の参列焼香。
届けられた生花はゆうに100数十鉢。

それにしても忙しい一日だった。葬儀前に報恩講廻り1軒。10時Y家葬儀。11時に先日葬儀されたご遺族と親戚の方があらためてお参りされ、本堂にてお勤め。

昼食後鯖江にて報恩講と1周忌法要。飛んで帰りY家納骨法要。皆さんがお帰りになってから、最後に報恩講廻り1軒。納骨法要による時間の遅延をお詫びするも、気持ちよく受け入れてくださる。

夕食後、会館の葬儀の後の掃除。
明日は報恩講廻りと武生で1周忌。ついで敦賀で同じく1周忌。法事の後、午後2時過ぎのJRで大阪へ、そして鹿児島へ。明後日、生家で母の7回忌に参列する。明日も忙しいぞ。

気がつけば今日で9月も終わり。今年も残すところ3ヶ月。

カテゴリー: JazzBose空言戯言日記 | コメントする

お参り先にて

報恩講廻り先のT家にて。お正信偈のお勤めの後、当家のご命日でもあり引き続き仏説阿弥陀経を読む。奥さんの読経の声が小さく聞こえたのでスピードをを落とし一緒にお勤めした。

終わってから奥さんが仰る。「住職さんなんかは、お経を全部覚えていらっしゃるんでしょう?私なんか字を追っかけるのに精一杯で、ついてゆくのがやっとです。お経の意味も全く分からないし」

「阿弥陀経は覚えていますが、大経や観経は経本がないと無理です」
ふと口に着いて出た言葉が、「お経の意味はわからなくても、読経の後姿が本当にあり難いと仰っていただけるお坊さんも昔はおられたと聞いています。それを思えば恥ずかしい限りです。(私の読経の後姿をありがたいとは思われなかったでしょう?と内面の声)」
坊さんはお経を読むだけでお布施を貰う楽な仕事だと皮肉をこめて言われる事もあった。それだけで(お経を読んでいる姿)あり難いといわれる僧侶って心底すごいと思う。

先日の日野皓正氏のトランペットを思い出した。あれがプロだ。トランペットを吹けるだけで自分は幸せだという生き様が聞くものをも巻き込んで幸せな気持ちを共有できる。

読経して法話してお布施を貰うプロたらんという志(こころざし)がない僧侶が仏教をだめにしてきたのかも。まぎれもなくその責任は私にある。

カテゴリー: JazzBose空言戯言日記 | コメントする

第7期連研終了

朝、報恩講1軒。途中で携帯に電話あり。門徒さんの訃報。春江町で7回忌の法事をすませ、枕経に向かう。ご子息二人が東京から帰っておられる。お勤めの後、通夜・葬儀の時間等のこまごまとした打ち合わせ。お二人ともお身内のこうしたことは初めてだろうと思うが、分からない事、知らない事は素直に質問され、こちらの説明を細かくメモしつつちゃんと受け止めておられる。

お二人とも、本当にしっかりした方だという印象をもった。
午後報恩講廻り3軒。夕刻、法名と葬儀用位牌を受け取りに弟さんが来寺。話の中で分かった事だが、彼はこの若さで(40代半ば)で、東証一部上場の企業の取締役社長。どうりでと納得。この会社をネットで検索してみたら、何と今年の売上が1000億を越えている。

夜、門徒会館で福井組の第7期連研の終了証授与式とお弁当を食べながらの懇親会。今期の受講生の方は熱心でまたいい雰囲気で終了式を迎えられたと思う。足掛け三年、本当にご苦労様でした。連研を担当したK寺ご住職さん、本当にご苦労様でした。

カテゴリー: JazzBose空言戯言日記 | コメントする

つれづれ

午前9時より歯医者。
午後から報恩講廻り3軒。
「はらから」(千福寺便り)に取り掛かっているのだが、遅々として原稿書きが進まない。

文才のない歯がゆさ・・・・・。この欄にもその影響が・・・・。

カテゴリー: JazzBose空言戯言日記 | コメントする

日野皓正

日野皓正(ひの てるまさ)
 世界的なジャズトランペッターである。先日福井市内のとある会場で、彼のライブを聞く機会を得た。学生時代から現在まで、何度かライブで聞いたことはあったが、こんな近くで聞くチャンスは初めてである。

 ディジー・ガレスピー(同じくジャズトランペッター)がやっていたような、ほっぺをそれこそカエルのように膨らませて吹く奏法。

完全にノックダウンされた。一切手抜きがない。プロだから当たり前だと言ってしまえばそれまでだが、地方のこうしたライブハウスのステージでも全身全霊を込めての演奏だった。ジャズが好きで好きで、トランペットが吹けることが嬉しくて嬉しくてたまらないという、彼のコアにある、熱いものが間違いなくこちらの体を突き抜けた。

途中、グループの完全な即興演奏にのせて、「僕の願い」という詩を朗読する。
銃を楽器に持ち替えて、弾を射るなら、音で心を射ぬけ・・・・・という意味の詩だった。

ドラムとの掛け合いで、パーカッションを叩きながらいつのまにかそれがタップダンスに変わっていた。有名な(知る人ぞ知る)ヒノテルのタップダンス。初めてこの目で見てこの耳で聞いた彼のタップダンス。紛れもなく彼は超一流のエンターティナーだ。ステージ終了後、気軽にお客さんとの記念撮影にもサインにも応じていた。

1942年10月25日生 64歳  これぞ真の大人のカッコヨサ。

その日だけは完全な ミーハーになっていた。

カテゴリー: JazzBose空言戯言日記 | コメントする