何と忙しい連休

本日も朝から報恩講廻り。昨日に引き続き法事3軒。少し喉に来ているかなと感じるほどに、喉を酷使している。煙草を今のところ止めているので(禁煙したと公言できないのは、今まで何度も禁煙しては挫折の繰り返しだったゆえ)少しは喉や呼吸器の負担は軽減されているとはいえ、それでも声が枯れ気味である。

法事の法話について最近感じる事。鹿児島の従兄弟はたっぷり30分は法話をするという。自分は長くて20数分だが、この法話こそが難しいと最近感じる。
法座の席での法話は、聴聞する気で参詣してきたお同行が相手だが、法事の場合はそうではない。真宗の門徒以外の方が必ず一人や二人はその場におられる筈。
さらに法話を聞きたくてそこに座っておられる方ばかりではない。

阿弥陀様のおみ法が伝わるまさしきその現場に今自分は立ち合わせていただいていることの自覚が希薄だったと最近痛切に感じる。

若き日の利井興隆先生(後に行信教校校長)が病に臥しておられる鮮妙和上に「精一杯、ご法義を伝えるよう頑張ります」と告げられたところ、鮮妙和上は「阿弥陀様のご法義は自然に伝わる。お前はその邪魔をするな」と諭されたというエピソードを学生時代聞いた事がある。

ご法義を広めるお手伝いなど、おこがましいこと。しかし私が動かねばご法義は伝わらない。先輩はその営みをご報謝とよび、どこまでも自分の手柄・功績にすることを厳しく退けられた。

ご法義は自然の働きとして弘まってゆく。もし弘まらないのならそれを邪魔するものがあるということ。私が邪魔しているのではないかという点検を怠りなく。それもご報謝の営み。

午後11時前、丸岡市のT家より電話。お母様がお亡くなりになった。明朝早く枕経(臨終勤行)に行かせてもらう旨話した。

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