親の悲しみ

報恩講回り数件と法事3軒。最初のお宅は、一昨年三十過ぎの息子さんを突然の病で亡くされた。一緒にお正信偈を上手にお勤めされる。そのことに触れるとお仏壇を迎えてから毎日主人とお勤めしておりますからと仰る。話しているうちに奥様の目から涙が。
息子に「もう少しあなたの体のことを気遣ってあげていたらと、毎日謝りながらおまいりしていますと」
福岡県のK徳寺ご住職のブログのことを思い出した。
http://blog.goo.ne.jp/mhakusen/d/20061012

世間の涙はいずれ枯れる(忘れてゆく)、しかし親の涙は枯れることはないとの古人の言葉を思いつつ、亡きお子さんを善知識として仏様として拝んでゆける世界に目覚めていただけたらとの願いをこめて、しばらくお話した。ご両親の悲しみが私にも分かるといったら不遜になろう。しかしその悲しみを間違いなく受け止めてくださる方がいてくださることをお伝えすることしか出来ない自分がいる。
次に一周忌、さらに今庄まで高速を飛ばし、十七回忌。ここのご子息も32歳で急逝。同じ年富山の雪山隆弘師もその人生を終えられた。師の最後の法話ビデオ「あえてよかった」を当時お貸ししたことなどご馳走になりながら思い出話。
非常にあの法話があり難く、何度も何度も繰り返し見たことや、地区の婦人会、近所の方などにも見ていただいたことなど話される。

高速で福井に取って返し、報恩講のお勤め1軒。寺へもどり、I家の17回忌法要。最後にもう一軒報恩講を勤める。
帰山したときは正直言って口を開くのもしんどいくらい。

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