農業

坂井市F地区報恩講廻り。今年の寺番はT家様。ご主人はサラリーマンを辞めて農業一本で頑張っておられる。今大豆の取り入れの真っ最中だそうである。

機械で豆の刈入れをしていると、どうしても機械の取りこぼしが畑に残る。自転車で乗りつけた中国系の若い女性が何人か、「こぼれた豆を拾っていいですか」というので「どうぞ」というと、綺麗に拾って帰る。

一部の外国人の無作法、横着により外国人の印象が悪く取られることがある。どんな場合もそうだが、一部で全体を推し量ることの危険性。
実際、泥のついた野菜を自転車のかごに載せて走る人をみた人は、どこかの畑で盗んできたのだろうと思うし、(今時、泥のついたまま野菜を売る店などあるはずがない)ましてその人らの喋る言葉が日本語ではないと、○○人は野菜泥棒をすると断定しかねない。

Tさんは、折角作った作物だが、自分には取りこぼしをもれなく拾っている時間がないから、機械刈りで刈りこぼした大豆をそうして綺麗に拾って食べてもらえればこんな嬉しい事はない、と優しく仰る。

米作りについて、農業についていくつも坊さんの知らないエピソードを聞かせていただいたが、とてもここには書ききれない。

玄米の話題になったら、辞するとき新米の玄米≪幾ひかり≫ですとたくさん持たせてくださった。

※リンクさせていただいている海徳寺ご住職のブログがありがたかったので
ご紹介します。
http://kaitokuji.com/
の「つれずれ」の11月14日のブログ。

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