報恩講廻り2話

福井市S地区報恩講廻り。
N家にて。父上が今度の正月で数え100歳を迎えられるという。足が少し弱ったくらいで、内臓などもすこぶる快調だそうだ。

以前その父上からうかがっていたのだが「俺達の行進曲」の映画化に際し、このN家がロケに使われたという。ところが監督(渡辺裕介氏)が撮影終了後亡くなられて、映画が劇場公開されることなく終わってしまった。
その映画が地元のテレビで放映されたことがあるらしいが、ビデオをお持ちでないかと当主にお尋ねしたら、すぐに出してきてくださった。
タイトルラベルに、福井市制100周年記念とある。ありがたくお借りして、帰る。
「俺達の行進曲」は、自分が結婚してまもなく文芸春秋に掲載されたのを呼んだ記憶がある。
http://www.fuku-e.com/theme/03/02/3-2-3.html

S地区最後のK家にて。
仏間に通されると、いつになくたくさん座布団が敷いてある。ご当主曰く。
「先日来、関西から従兄弟が遊びにきており、折角の報恩講のお勤めだから姉妹も呼んで一緒にご縁にあおうと思いまして」
お元気な82歳になられるというその従兄弟夫妻と、姉妹とお正信偈のお勤め。法務員のY君がお勤めの本をお貸ししようとすると、「帰命無量は本がなくてもちゃんと出来ます」と。
K家が今年の寺当番ゆえ、お斎を用意してくださった。にぎやかに食事が進む。「ご院さん、もっと飲みなさいよ」と従兄弟さんが強くお酒を勧めてくださるのだが、如何せん、午後まだおまいりがある。楽しく食事が終わるころ、記念になるから、一緒に写真を撮りましょうということになり、パチリ。
それなら、私の携帯カメラでもというわけで撮った写真がこれ。
了解を得て掲載します。
辞するころ、自分達もまもなく関西に帰りますと仰るその従兄弟さんが、K家の皆さんとの別れを惜しんでおられた。あれほど闊達でお年に似合わぬほど元気な声で話しておられた従兄弟さん、眼鏡を外してハンカチを目にあてておられた。自分の年を考えたら、今度いつあえるか分からないという思いがこみ上げてこられたのだろう。
 大丈夫、また会える世界、お浄土がありますよとつぶやいてK家を後にした。

カテゴリー: JazzBose空言戯言日記 パーマリンク

コメントを残す