今日の一日

10時より丸岡町A家の1周忌。昨年長年療養中だったご両親がお二人ともご往生されたので、お二人の法要を勤める。
始まるまでの間、お客さん達とおしゃべりしていたら、同じ千福寺門徒のFさんが、黒じょかの話題を振ってこられた。このを読んでおられて、九州出身の会社の同僚が焼酎を飲むなら水で割って数日寝かせ、それを「黒ジョカ」で暖めて飲むのがサイコーと、薀蓄を聞かされたとのこと。

次いで春江町S家の満中陰法要。故人のお孫さんら(小学生)もきちんとお参りしてくれていたので、子供への親の願いということから如来様の願いという方向で法話させてもらった。

同じく春江町のY家。まもなく96歳になるおばあちゃん、一人住まいはもうこれ以上むりだろうということで、老人ホームへ入所されることになり、お仏壇への最後のお勤めに来て欲しいとの依頼。鯖江に住んでおられる長男さんは、同居しようというのだが、この年でしらないところで生活するより、同じお年寄りがいるホームの方がいいからと本人の要望だそうだ。
お元気な頃は千福寺は勿論、福井別院、近くのお寺など、友達を誘い聴聞しつづけてこられただ。私の方が言う前に、「ご院さん、こんど行くホームにも食堂にお仏壇がありますから、淋しくはありません。どこにいても親様がご一緒です」と。

このおばあちゃんには面白い話がある。90年以上の人生を二つの名前を使い分けてきた。ヒサコとフサコ。今日のお布施の包みには○○ヒサコと書いてある。同じ年に生まれた従兄弟がいて、お祖父さんが一括して役所に届けた名前がそれぞれ従兄弟の名前になっていた。同じ小学校に上がり、名前を呼ばれても(自分の事だとは思わないものだから)返事しなかったら、何故返事しないと怒られ、それまで役所に届けられた名前と、周りから呼ばれていた名前が違っていたことに初めて気づいた。毎年先生が変わる度に同じ説明をしたが、事情を話して役場でそれぞれ名前を訂正してもらえと学校から指導を受けたのに、結局そのままでで二人とも名前を使い分けながら生きてきたそうだ。
家族や周りの人はフサコさんと呼び、正式な書類などにはヒサコと書いて。
今だったら考えられないような本当の話。

時々ホームにも訪ねていくからねと約束したら、にっこりと嬉しそうに笑って「ありがとう、ご院さん」と。

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