正信偈講座

午前中、逮夜参り一軒。午後17回忌法要一軒。
夜、鯖江本山(誠照寺派)にて正信偈講座の3回目。今夜も満員の聴講生。皆さんの熱気に後押しされるような気持で話を進めさせていただく。それなりに準備してきたつもりではあるが、まだまだ力不足を実感させられた一時間半であった。話の中心を無碍の救いということに置くつもりでいたのだが、そこにいたるまで、話があっち飛び、こっち飛びで思うようにすすまなかった。受講生の皆さんには申し訳なかったといたく反省。

それにしても最近とみに感じることであるが、法事の際の法話にしても、お取次させてもらうコチラ側の熱がないと聞いてくださる方に伝わらないということはまぎれもない真実だと思う。愛読しているあるブログで、ご住職が「熱伝導という言葉があるが、あれはそのまま熱伝道」とおきかえられるのではないかと書いておられた。いたく共感。

源左さんの語録に「親様のお慈悲はぬくいでの〜」という言葉がある。阿弥陀様の「ぬくい」お慈悲を自分はしかと受け止めさせているか。

カテゴリー: JazzBose空言戯言日記 パーマリンク

コメントを残す