葬儀

10時より、T家の葬儀。帰山して、明日のK和上の公開法座の会場準備。すこしづつではあるが、毎年お聴聞のご参詣が増えてきている。住職にとってこれが何よりの励みになる。椅子を200近く用意したが、まだホールの後ろの方は余裕がある。明日、本堂からいざというときのために、20席くらいは予備を用意しておいたほうがいいのではと、とらぬ狸の皮算用を。

午後3時より、T家納骨。

夕刻、ハードディスクレコーダーに録画しておいたTV番組を整理するつもりでテレビをつけたら、落語にはまってしまった。三遊亭圓歌の「まくら」とも「落語」とつかぬおしゃべりに引き込まれ結局最後まで見てしまった。
芸歴60年だそうだ。そういえば自分が若い頃「山のアナアナアナ」と同じネタで笑いを取っていたこの噺家の同じく若い姿を思い出した。今日は結構舌に衣着せない毒舌も交えてのおしゃべりだった。この人の弟子に、三遊亭歌之助という人がいる。鹿児島出身である。昨晩床につくとき久し振りにこの人の話を聞きつつ笑いながら寝ついた。鹿児島弁での鹿児島県人にしか通じない笑い。
カナダからこのブログを覗いてくださっている鹿児島出身のOさんは、彼の落語をご存知だろうか?なんでしたら、送りますよ。

圓歌師匠の話より
   先輩の○○師匠(名前は忘れた)は、毎日同じ話をどの席でもされた。
   そしてある日、数え切れないほど口にかけてきたそのネタで詰まってしまった。そしてもう一度勉強して出直してまいりますと高座をおり、二度と高座に戻らなかった(引退した)。ただその話は何回話しても、全体の長さが数秒と違わなかったというエピソードがあるそうだ。
   先日の談志師匠といい、圓歌師匠といい、話すということにかける覚悟の深さを知らされたおもいである。

カテゴリー: JazzBose空言戯言日記 パーマリンク

コメントを残す