境内の紫陽花の鉢植えに水やりしていて、ギャッと驚いた。蛇が体を休めている?。自分は田舎育ちで、子供のころから蛇は見慣れているが、どうしても好きになれない。苦手である。

コンクリート・アスファルトで固められたこの町のどこからうちの境内に漂流してきたのだろうか。道路の下水からではないかと推察するが、いずれにせよ退散していただきたく、思案した。

正直に告白すると、子供のころ蛇を見つけるとそこそこの大きさの石をぶつけて殺したことは何度かある。今はとてもできない。後の処分に困るというような理由からではなく、やはり可愛そうだという思いが先に立つ。大体お前さんはこんな街中で生きるべきじゃないよなどと一人ごとをいいながら、棒切れ二本の端を針金で括り、挟み状のものを作り挟み込んだ。

結果は・・・・・。逃げられてしまった。まだ本堂の階段の下あたりに潜んでいるのだろうか、それとも境内から逃げ出したか。

蛇は邪悪なものの象徴のように言われてきた。
(例外的に、神の使いとされた地域もあるようだが)
親鸞聖人の御和讃にも
「こころは蛇蠍(だかつーーー蛇とさそり)のごとくなり」
しかし毒をもつ蛇は日本では南西諸島以南にいるハブと、マムシだけのはず。
そして多くの生き物と同じく、人間を見ると逃げる。人間のほうがよほど邪悪な存在であることは間違いない。彼らにしてみればいい迷惑だろう。

でもやっぱり嫌いだ。何故なんだろうと考えるものの結論は出ない。

親鸞聖人も蛇はやはりお嫌いだったのだろうかと、くだらないことを考えてしまった。

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