8月も終わり

10時よりM家葬儀。最近思うのだが、真宗の葬儀のお勤めのお正信偈は、棒読みである。(節がついていない)
だったらお正信偈の部分だけでも、会葬者の方も一緒に声を出してお勤めすればいいのではないかと思う。そして真宗であるなら、他派の葬儀でもその部分はほぼ一緒。葬儀のお勤めは僧侶の特権という意識が僧俗ともにあるとしたら、それはおかしいと思う。

今日の葬儀がそうだったわけではないのだが、(誤解のないように)通夜におしゃべりする人が増えてきたと同じく、葬儀のお勤めの最中の私語も増えたように思うのは自分だけだろうか。せめてお正信偈のところだけでも一緒に唱和したら、葬儀の荘厳さも深まると思うのだが。

午後、福井の寺院会で毎年行っている特別養護老人ホームS翠宛の物故者追悼及び永代経法要に出仕。30名近い僧侶が揃ってお勤めする。聞いている自分も声が揃ってのお勤めはいいものだと思う。

法要が終わって、M永家の祥月命日のお勤め。同じ地区のM家の納骨法要が少し早まった。
毎年お参りしている東京のI永さんも親戚として納骨法要にお参りになっている。
夏の疲労がたまったのか、体が少ししんどかったのが、徐々にではあるが、回復しているような感じ。

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