お見舞いの電話

法類R寺様の報恩講に出勤。ご住職は先日の拙寺報恩講にご出勤くださっておられるので、愚僧の捻挫はご存知。椅子持参で余間への出仕をお許しいただいた。

午前中の法要のあと、M家の報恩講。帰山し昼食後、体を休める。
坊守から、新潟のご門徒I様から捻挫を心配してのお見舞いのお電話を頂いたと聞かされた。はるか新潟でこの駄文をお読みくださっていて、心配を頂いたわけである。
謹んで御礼申し上げます。

以前のことだが、梯和上の御法話で、「自分を取り巻く善意と悪意とがあるだろうが(好意と敵意と言い換えてもいいかもしれない)、言える事はたとえどんな状況の中にあろうとも、善意のほうが必ず悪意を上回っているはずだ」と聞かされたことがある。
お電話を下さったIさん。そしてIさんに代表される私を案じてくださるたくさんの方々の善意は、私が気づいているよりはるかに多くの善意である。そして私を励まし、支えてくださってある。その暖かい善意の中に今の私があるということを、あらためて確認させていただいた。

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