鯖江市内報恩講

本日の報恩講廻りしょっぱなはS家。芸術家のご一家。ご主人は画家、奥様はピアノ教師。御嬢様も音大で教鞭をとるピアノ教師。S家そのものも落ち着いたたたずまいだが、お宅の周りも素敵に整備されている。散歩するのが楽しくなるような町並みだ。ご主人曰く、前市長の政策で町並み整備の一環としてここらは変わったが、あたり一帯の整備が終わる前に市長交代となってしまったとのこと。
政治家に対する評価は支持者それぞれの利害が絡んで難しい面があるのは世の常だが、ちょっと残念な気もする。(こちらが鯖江の住人ではないので、無責任の批判は受けるかもしれないが)

次いでK家。輪灯など綺麗にお磨きがなされ、真鍮の仏具が綺麗に光っている。こうして、お仏壇を整え、お磨きを施し親鸞聖人の報恩講をお勤めくださる家が少なくなりつつある。当然、一つ一つの仏具の名前や、お荘厳の仕方、仏前作法が後の世代に伝わらなくなってきている。
形式を軽んじる事は、形に込められ託された「こころ」も軽んじることに他ならない。
お荘厳、作法など基本的なことをお伝えすることの大切さを思う。

次いでM家。奥様、ご子息夫妻、それに大学を卒業し今年から地元企業ではたらくようになられた御嬢さんと揃って一緒にお正信偈のお勤め。M家では毎年お昼のお食事をご用意くださる。今年もご好意に甘えて美味しく頂戴した。

午後M家、Y家と務め福井に帰る。最後に福井市内のW家の報恩講を勤め帰山。
夜、文芸春秋「ダライ・ラマ十四世と西本願寺門主大谷光真師(わが宗派のご門主様である)」との対談、『日本へ、「空」とは何か』を読む。
空という概念は説明しがたいものではあるが、要するにすべての存在は縁起するものであるがゆえに、本質的な実体として押さえる事は出来ないということ。ゆえに無常であり、無我である。

ご門主の説明は実に明快である。
ただ、ご門主の抱かれる危機感は、一人浄土真宗の存続という事にとどまらず、仏教界ひいては宗教界の内包する危機でもある。

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