怒涛の一日(その2)

結局何とか、購入チケットの30分前の列車に乗ることが出来た。
座席に座り込み、お茶を飲みながら、MP3プレーヤのスイッチを入れ、志ん生の落語を聞き始めてまもなくだった。その携帯が鳴った。坊守からである。
「大変です!東京のご門徒のSさんがお亡くなりになられたそうです。ご葬儀の相談の電話がありました」「えっ!!!!」

明日・明後日の佐賀の布教の約束と葬儀が重なった。困った事ではあるが、それ以上に何と言ってもSさんが急逝された事がショックだった。毎年上京し、お参りしているS家の御当主、今年はお参りの後、新宿のYカメラに一緒に行きましょうと約束していた方だ。写真がお好きで毎年お参りの後カメラ談義。

何とか佐賀のご住職に布教の代理をおたて頂いて、東京の葬儀にはせ参じるべく佐賀は光○寺様に携帯でお許しを請う。「止むを得ませんね、こればかりは。お互い様ですもんね」とお許しいただいた。それもこれも、携帯電話あればこその緊急連絡である。
列車のデッキで、東京のS家のご遺族と佐賀のご住職との連絡を取り合っているとき、またポカをやらかした。
佐賀のご住職と同姓の高校時代の友人(某N○K放送局東京本局勤務)にかかってしまった、というよりかけてしまったのだが・・・。アドレスの連続した名字、気は焦っている、デッキの列車はゆれる、眼鏡をかけているとはいえ老眼、様々な要因がからみ勤務中の彼につながった。デッキのうるささは相手の声を掻き消す。相手の声が聞き取りにくいので一方的にこちらの用件(お願い)をまくし立てていると、「○○君よ〜!!」と私の旧姓を呼ぶ相手の大きな声。
この声は、九州佐賀の緒○君ではない、放送局勤務の緒○君。「あちゃ、掛け間違えちゃった。御免なさい」と詫びこちらも気持ちよくお許しいただいた。

夜、無事久留米着。御住職がわざわざ駅までお出迎えくださり、その足で遅い夕食をご馳走になって、光○寺さまへ。あらためて坊守様を交え、鹿児島の珍しい焼酎を美味しく頂きながら、久し振りの佐賀の夜は更けてゆくのでありました。

お読みくださる方は、布教とご葬儀の決着のつけ方が気になられたでしょうから、明日のブログをお楽しみに。(何のこっちゃ?)

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