真宗教室

十一時より、市内T家一周忌法要。

帰山して、夜の真宗教室の準備。といっても忙しいのは坊守と前坊守。何せ、四十名近い受講者のお食事の準備。今日はエンドウご飯に乾物五目煮、おつゆとポテトのヨーグルトサラダ。

このたびの真宗教室は何年ぶりかの『お正信偈』。今日はその第二回目。別院から仏典アニメ『大きな願い』を借りてきて、プロジェクターで大写しにしてみんなでまず無量寿経の概要を知ってもらおうと、自分はそちらの準備。

浄土真宗をいただくうえで、現代人にとって一番のつまずきのなるのが、法蔵菩薩の物語。歴史上の実在の釈迦牟尼仏とその釈迦牟尼仏の説かれた経典に登場する法蔵菩薩と阿弥陀仏。

歴史的事実と宗教的真実との違いを混同すると、阿弥陀仏の仏話(あえて神話と呼ばずに仏話と呼ばせてもらう)は、いわゆる架空の話に堕してしまう。

経典は単なる事実を羅列したものではない。そしてそれに気づかされるためには一度は我々が躓かねばならないのがこの仏話。
経典・聖書等の宗教文書(しゅうきょうもんじょ)は常に象徴表現を採らざるを得ないとは、かつてお聞かせいただいたことである、じっくりそのことを皆さんと一緒に確認してゆきたい。

仏典ビデオ鑑賞

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