オバちゃんのお葬式

福井発サンダーバード1号で大阪に向かう。
オバちゃんは入院と同時に、葬儀の段取りについて意思を明らかにしておられた。その意思を請けて行信教校の先輩で、大阪淀川区のご住職W林氏がお導師を勤められた。同じく大阪在住のN村氏も出勤してくださった。

自分で言うのもおこがましいが、三人の調子がぴったり合い、ホールにお正信偈、和讃が響き渡る。参列者の中からも正信偈唱和の声が聞こえた。
最後、W林氏の用意されたCDと歌詞譜で一同による「み仏にいだかれて」の斉唱。読経中はお勤めに集中していたその緊張がこの「み仏にいだかれて」で切れてしまった。はるか30年前、実の子のようにかわいがってもらい、その後も何かと気をかけていただいたご恩の数々を想い、もう声が出せなくなった。

火葬場、その後のお斎、収骨、還骨。最後にW林氏の法話をいただき、まさにお骨を前にしての「白骨のご文章」を拝読。滞りなく勤まった今日の一連のお仏事であるが、オバちゃんのお骨をご自宅のお仏壇にお送りしたいと思い、ご遺族に申し出ると是非お願いしますとの返事。

お骨をお仏壇の前に安置していると、ご家族から「こーがちょーらいみだそん」のお勤めは今日は聞かれなかったねという声。『十二禮(じゅうにらい)』のお勤めをご存知なのですか?と尋ねると、オバちゃんの熊本の生家で、里帰りすると毎朝このお勤めをあげたこと、その後もオバちゃんと一緒に孫たちも『十二禮』をお勤めしたことなどを懐かしそうに語られる。
決まった!還骨のお勤めはこの『十二禮』。お仏壇の引き出しからあるだけの聖典を出し、自分の調声でお勤めが始まった。驚いたことに孫さんたちまで、一緒に唱和しているではないか。毎日毎日お勤めを欠かさなかったオバちゃんの後姿は、お子さんお孫さんたちにしっかりと阿弥陀様を伝えてきてくださっていた。

再度オバちゃんの思い出話に花が咲いた。名残惜しくはあったが、ご家族の皆さんとの再会を約束して新大阪駅近くのオバちゃんの家を後にした。

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