月別アーカイブ: 2008年8月

テレビ局スタジオ

午後2時、市内I家の七回忌法要。I家の御夫妻は地元の民放に勤務。奥様は福井では名の通ったベテランアナウンサー。そういえば6年前、福井組で、ラジオ番組を持ったことがあり、自分が出演おしゃべりした。その相手役がたまたまIさん。

テレビ局のスタジオでおしゃべりする機会はそうそうないので、ディレクターにシャッターを押してもらったものが恥ずかしながらこの写真。いや、若かったですな我ながら。

この時は、I家のお母様がお亡くなりになって満中陰法要が終わっって間もない頃だったと記憶する。時の流れの速さを確認しあいながらお茶を呼ばれ、I家を辞した。

帰山して部屋の大掃除にかかる。もうぼちぼち京都に帰ろうかといい始めた三男。この子は整理の天才である(笑い)。今までも掃除と家の中での探しものには不思議な才能を発揮し何度も助けられた。この三男がいるうちにというわけで片付けの指示を仰ぎながら、部屋の大掃除に取り掛かった。我ながら自分の後片付け能力の無さを痛感しているのだが、いまの我が部屋の状況はまさにその産物。
しかしながら部屋が蘇ったのである。人間の居住空間とはこうあるべきというところまで見事に片付いた。
晩酌は無論三男の活躍をねぎらいながら、缶ビールで乾杯したことは言うまでもない。

    

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いのちの領収書

毎日目を通すブログの一つに関東在住の大谷派に属しておられる小山芳立氏のそれがある。
コンピュータ関係の仕事に携わっておられるようだが、そのブログは結構辛口で、時として歯に衣着せずの発言も飛び出し、しかしその視点には教えられることが多々ある。
小山芳立氏ご本人の了解を得たので、紹介させていただこう。

ウーンとうなったのが、いのちの領収書。

人間にたんぱく質を提供するために、おいしいオムレツになるために、活き作りのおつくりになるために、私たちは生まれてきたのではない、そして私たちは自分のいのちの対価すら受け取っていないといいたけな彼らの無念さをこの領収書に読み込んでも、バチはあたるまい。
バチとは真宗的、仏教的ではないとは想うが、自業自得なら了解いただけようか。等活地獄を想おう。奪ってきた命の数に殺される責め苦を味わいつくして初めてこの地獄から開放されるというあの等活地獄を。

食べるという行為に、もっと自覚を持たねばならないだろう。そのありがたさとそのむごさに。そうでなかったら、小山氏の言われるごとくに堕してしまう。

『何もしないで、何も言わないで、食べると、
蒸気機関に石炭をくべるのと同じになります。
最近気づきました。』

くどいようだが、いのちの領収書を拡大コピーして貼り付けておく。
金額欄がぼかしてあるのは、いのちそのものはお金では贖(あがなえ)ないという、あたりまえのことを言いたいがための、小山氏の警醒(けいせい)であろう。

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今日の一日

11時、南越前町は今庄のK家満中陰法要。御尊父はお元気な頃は御夫婦で永代経、報恩講と遠路にもかかわらず必ずおまいりされていた。耳が遠くなられてから、また自転車事故で足腰を痛められてから外に出られることが少なくなられたが、お盆廻りや報恩講廻りの際は心から喜んで迎えてくださった。

K家を辞して高速にて帰山。法務院のY君と別れて、市内の老人ホームS苑へ向かう。この施設と我が福井組とのお付き合いは長く、30年ほど前から月一回の法話会、年に一度の苑内物故者の追悼法要を勤めてきている。そして今日はその追悼法要、永代経法要の日。
総勢20数名の住職法中方による仏説阿弥陀経のお勤め、また担当住職による法話。

自分は法要を終えてその足で、B地区I家の墓参に向かう。先日満中陰法要を終えられたばかりの門徒さんである。ご尊父のご往生を縁に墓地を建替えて新しいお墓に納骨されたいとのこと。ご当主が、「お説教とジャズ」の催しに行きたかったけど、やはり時間が取れませんでしたと残念そうに仰る。来年は是非ドーゾとお勧めし、K家を辞した。

夜、市内Y家の月忌参り。お勤めを終え、後ろを振り向くと、東○大学工学部に進学した長男氏が一緒に参っていた。聞けばつい今しがた、お勤めの最中に帰省帰宅したんだそうだ。青春18フリー切符の恩典をフルに利用しての帰省。頼もしい限りである。

    

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Steeple Chase

(スティープル チェイス) というレコード会社がある。この会社を知ったのは、30年以上も前のこと。ジャズに明け暮れていた学生時代、乏しい小遣いの中から買った、「Duo」のLPレコード。
先年亡くなった、ウッドベースの天才(と自分は思う) ペデルセン(デンマーク人)と黒人ピアニスト、ケニー・ドリュー の ドラムレスの演奏。

学生時代それこそ擦り切れるほど聴いて、結局もう一枚買った。その後福井に暮らすようになってまもなく、レコード店でCD化された「Duo」を見つけた。早速購入、学生時代の安物のステレオとに比べればいささか音質もアップしたわがステレオで聴きなおし、名作品であることを再確認した。

この作品以降からか、ピアノトリオからドラムをはずしたいわゆるピアノとベースのDuo の演奏が多く録音されるようになったような気がする。もちろん、それ以前にもあったにはあったにちがいないのだが。

突然この「Duo」を思い出したのは他でもない。先日終了した北京オリンピックをテレビ観戦していた時のこと。今回から始めて採用されたという「女子3000メートル障害」
電光掲示板に鮮やかに「Steeple Chase」の文字が浮かび上がった。エッ!!!である。実は30年たった今まで、Steeple Chaseの意味を調べたことがなかった。あわてて辞書を引く。
あるではないか!!

《stee・ple・chase》
  〈名〉障害競馬; (人間の)障害物競走_特に3千メートルの_.s

あのレコードに出会ってから、30年目にして知った、3000m障害である。
あるんですね、人生にはこんなことも。

    

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まつりのあと

昨日のコンサートのあとの打ち上げで、少しばかりアルコールの量が多かったのか、二日酔いとまではいかなくても、体がだるい。

こうしたイベントを終えた後のある種のけだるさは、きらいではない。肉体的なものではなく、気持ちの中でなにか一種の虚脱感。ふと昔々のタクローの歌を思い出した。

   まつりのあと 吉田拓郎 作曲

  ネットで調べたら、昭和47年とあった。

しかし、感傷に浸っている暇はないと、自分を奮い立たせ会場の後片付け。
マイク・マイクスタンド・スピーカー・照明器具などざっとしまい終えたところで、昨日の演奏の録音を聞いてみる。
T寺様の若院さんからお借りした、Sony の PCMレコーダー。ステージの正面でワンポイントで録音。

初めてこの手のレコーダーを使ってみたが、これは優れものだとおもった。かつで同じくSony のデンスケと呼ばれるカセットレコーダーと大きなコンデンサーマイクで録音したものを、ヘッドホンで聞きながら、いい音だなあと感激して聞いていた時代。次に一挙にデジタルの時代が押し寄せ、小型MDプレーヤーで録音し、テープヒスノイズのない音にこれまた感激した。
ついでながら、DATの小型携帯録音機には自分は手を出さなかった、いや出せなかった。

そして今は、小型PCM録音機材の登場。ここまでアマチュアでもきれいに録音ができる時代になったんだということを痛感。
時間さえあれば、昨日の演奏を曲ごとに分割してCD化してみたい。

こんなことばかりやっているから、時間がいくらあっても・・・・足りない。

    

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