葬儀

9時、市内M家月忌。その足で市の葬祭場へ向かう。千福寺日曜学校卒業生の御主人の葬儀に参列。顔見知りの葬儀社の社員さんが、「昨晩のお通夜には坊守さんが、そして今日はご住職がお見えになるなんて、どんな御関係ですか?」と声をかけてきた。「残された奥さんが日曜学校の卒業生なんです」「ああ、そうでしたか」とのやりとり。

出棺のとき、今日曜学校に通ってきている残されたお嬢ちゃんの大粒の涙を、葬儀社の女性スタッフがハンカチを出して拭いてあげている。

声にこそならなかったが、御主人が息を引き取る間際に、二度三度と口をあけて、奥さんに「ありがとう・ありがとう・ありがとう」と言ってくれました、ありがとうというべきなのは私のほうだったのに、と電話でご往生の知らせをくれたときの彼女の言葉が頭をよぎる。

個人タクシーの運転手をしておられた個人の愛車がぴかぴかに磨き上げられて、駐車場に持ってきてあった。同行者の運転手さんたちの心遣いである。愛車にお別れし御遺体は火葬場に向かった。
この悲しみをともにしてくださる親様がいてくださるということを思い出してね、と願いつつ式場をあとにした。

夜、自分が所属する福井組の教学伝道部会。月末の組の運営委員会に向けて、教学伝道部の発案による「落語と節談説教の会」の企画を通してもらうべく、部会内の意思の確認。出席者全員の是非実現したいという思いを運営委員会に再度諮ることとなった。

りんどうホールでは、町内の電気工事会社の会長さんの通夜。りんどうホール建設の際、電気工事一切を施工した会社である。弔問のお勤め阿弥陀経をあげた。

    

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