看取り

兄嫁の生寺(車で1時間ほどの距離)の本堂建立百周年と住職継職法要の日である。本来なら家族全員がこの法要に参加、参詣してしかるべきご勝縁。どうしようかとまよう兄嫁にまだ大丈夫だろうから、法要にお参りだけでもしておいでと送り出した。すぐ上の兄と姉と仲のよかった婦人会のオバちゃんと3人で枕元に座っていると、呼吸が弱くなってきたような。兄が家庭用の血圧計で計ってみる。最高血圧を表示した後、いわゆる下の血圧が表示されずにそのままエラーで終わってしまった。口元に耳を寄せて呼吸を確かめるものの感じられない。手首、首筋で脈をとっても鼓動もない。

姉の往生(お浄土へ帰って行った)である。法要開始直前だったが長兄一家は飛ぶように帰って来た。鹿児島市からドクターの来訪、葬儀社との打ち合わせ、御内仏への遺体移動、聞きつけたご門徒さんの弔問、あわただしくその後の時間が過ぎてゆく。

夜、身内だけでの通夜を営んでいるところへ、勤務を終えられたのか、なじみになった看護師が3名、弔問に駆けつけてくださった。姉は決していわゆる「いい患者」ではなかった。彼女らが手こずらされたことは自分も何度か病院に泊り込んで知っている。しかし頻繁なナースコールにもいやな顔一つせず、介護してくださるスタッフに頭がさがったものだ。勤務明けのプライベートな時間を割いて、夜道を1時間かけて来てくださった。
今は、その手こずらされたことも思い出の一つとして涙のうちに笑い話として語ってくださる彼女たちに看護のプロを見た。ただひたすら感謝。

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