葬儀、帰山

午前10時より葬儀開始。葬儀を終えるに際して、親戚を代表しての挨拶を、薩摩川内市は浄光寺の住職、加藤信行氏がしてくださった。
次兄(亡き姉の弟)が大分耶馬溪のS浄寺に入寺し、その先代ご住職の葬儀に際し、亡き父がその兄や姉妹に送った歌を引用しての短い法話。

 子らはみな
  み法(のり)のふねに おくるるな
    父 在す(います)国に あうとおもえば

 従兄弟の真紀ちゃん(真紀子)は、晩年は多くの病と病からくる片足切断という過酷な人生をいきることを余儀なくされました。ややもすれば私たちはこうした状況を可愛そうな、(鹿児島弁ではグラシカ)と同情の眼だけで見てしまいがちですが、最後はホスピスの暖かい看護の中で、ご縁のある多くの方々に支えられながら精一杯そのいのちを燃やし尽くして、人が生きるということの厳しさと有難さを教えて叔父ちゃん叔母ちゃん(=両親)の待つお浄土へと一足先に参らせていただきました。叔父ちゃんの残された歌を、今度は私たちが噛み締め味わわさせていただく番です。残された家族はもちろんですが、私達はすべて如来様から一人子よと願いをかけられた如来様の子供であることを思うとき、人として生まれ、本当に聞くべきことだけは聞かせてもらっておくれという願いをきっちりと受け止めてこそ、今日の真紀ちゃんの葬儀に参列させていただいた意義も一層ふかまることと存じます。(趣意)

たくさんの方に見送られ生まれ育った寺をあとにした。またたくさんの方が火葬場まできていただき、拾骨を終えて、還骨の法要。お斎の席に着きたかったが、福岡から車できた従兄弟が鹿児島空港経由の高速道路で帰るというので、便乗させてもらった。

航空券を変更の効く、普通の往復割引チケットにしておいてよかった。鹿児島に着いた日、まだ大丈夫だろうということで、まず一回変更して福井に帰る手続きをした。容態が危なくなり再度変更して結局葬儀の日まで残ることになり、今日の最終便からまたまたその一便前のそれに急遽変更。

午後10時前に無事帰山。3泊4日の長丁場の留守を年いった前住夫妻と息子が勤めてくれた。お蔭様で無事姉を送らせていただけたことを感謝。

またこの間、報恩講廻りと2軒のご法事は次男が勤めてくれた。ご門徒の皆様にはご心配、ご迷惑おかけしました。

法事を勤めさせていただいた春江町のS家様には、そのあとわざわざご連絡いただいた。「若さんでよかったですよ!」と有難いお言葉を頂戴した。

このあたりの微妙なニュアンスは、ご門徒の方も気をお使いになるだろうとは察しがつきます。あまり「若院」を褒めすぎると住職に対して、もう今から「若院」さんに来てもらえば充分、となって住職がヒガミはしないかと・・・・?

イエイエ、お気遣い無用です。自分以上に子供が認めていただけるのは、人並みの親ばかとして素直によろこばせていただきます、ハイ。

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