姉の満中陰法要

甥が鹿児島まで車で迎えに来てくれた。婦人会の皆さんの手作りのお斎を法要前にいただき、12時から満中陰法要。お導師と法話を隣寺のN倉師がお勤めくださった。N倉師は高校の2年後輩にあたる。本願寺が進めてきたビハーラ活動に今はなくてはならない存在である。法話は彼が長年関わってきたビハーラ活動の中から、数例の患者さんとのかかわりを通してのお話。頭が下がるような活動をしてこられただけにそのお話も胸に迫る。ご門徒さん、姉の友達、たくさんの方がお参りくださった。

葬儀の時にも感じたことだが、お焼香される方の作法が全員例外なくきちんとした浄土真宗の作法にのっとったものであることに感心した。こうした正しい作法を身につけることは実は教化活動の上でかなり重要なことであることを最近強く思う。作法、形式を軽視することは、結局仏法を軽んじていることに他なるまい。真宗王国といわれる福井で、お焼香の作法ひつとってもどれだけ徹底しているかと思うと実に心もとない。

従兄弟に誘われるままに薩摩川内近くの温泉で、心ゆくまで湯に浸る。夜鹿児島市に出て、姉の主治医のD園ドクターをお招きして兄弟従兄弟で会食。われわれ僧侶に会うというので、D園ドクターは名僧・高僧といわれるお坊さんの伝記の絵本(子供向け)の持参されていた。よくわかる絵本ですよ、皆さん御存知ですか?と。彼の目配りの広さに改めて感心した。何度も書いたが彼は高校の同級生である。明日大分へ出張というので二次会までお付き合いいただいて、別れた。

最後は、鹿児島に帰ったら時々訪れる、ママがシャンソンを聞かせてくれるお店。しばらく音楽談義をしてホテルに。今回は実家に泊まることのない帰省となった。

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