映画「おくりびと」

午前中市内S家報恩講。お父上の姿が見えないので御主人に尋ねると過ちして腰を痛めたので入院していますとの事。今年お母様が亡くなられた。お父上にして見れたこれ以上ない落胆を味わわれたことと思う。そのことが影響したのか、認知症が急激に進んで(真夜中の徘徊が何度かあったそうだ)きたので、今の病院を退院した後のことを考えなければならない状況になりましたとのこと。
入所待ち順番があるでしょうから、その申し込み手続きは早めになさったほうがいいのでは、とお話しする。

午後から金津町細呂木へ。4軒の報恩講を勤め帰山。夜H家へ月忌参り。
映画「おくりびと」のことが話題になる。奥様は久しぶりに心に残る邦画を見たと感激をこめて語られる。

映画の中、主人公の奥さん役の広末涼子さんが、相談無しに葬儀社に勤めた主人(本木雅弘さん)に「よらないで!汚らわしい!」を大声で叫ぶシーンがある。
葬儀に塩が撒かれる理由はまさにここにある。「葬儀に関わるものは穢れる」という俗信・因習をいまだに引きずっているのが日本人である。清め塩は「習俗」であり、「習俗」を否定するならすべての文化の否定につながると主張する人もあるが、しかし清め塩を必要とする心理のその根底にこうした「汚らわしい存在」と切り捨てる差別の思想がある限り、そうした「習俗」は温存されるべきではないと思うし、穢れの思想も克服されなければならないと考えるのは真宗の坊さんだけだという主張はおかしい。
お読みの皆さんはいかがお考えになるだろうか。

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