妹一家の里帰り

石川県に嫁いだ妹一家(といっても婿殿は寺を空けられず留守番)が里帰りしてきた、娘二人と末っ子の長男を連れて。

故雪山隆弘先生の法話にあった、「大阪から富山の宇奈月の寺に入寺した自分が里帰りしたとき一番嬉しかったのは、母がおかえりといって迎えてくれたこと」の話は自分にも本当によく味わえる。
「いらっしゃい」が悪いわけではない。しかし「おかえり」といってくれる人がいるということは、待ってくれている人がいるということ。「いらっしゃい」はヨソ様、お客様にたいして言う言葉。

鹿児島に帰省するたびに、今は亡き母はもちろん「おかえり」だったが、有難いのは兄嫁(義姉)が今も「いらっしゃい」ではなく「おかえり」といって迎えてくれること。

自分も真似して義妹の里帰りには「いらっしゃい」ではなく、「おかえり」といって迎えてあげようと心がけている。

「おかえり」といって迎えてくれる人と場所のあることの有難さとあたたかさ。
いのちのふるさとは、もちろん「おかえり」と言って下さる親様のお浄土。

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