窮すれば

午前9時、市内T家月忌。メガネ店を経営されるご子息にはいつも住職のメガネの相談にのってもらっている。
ご尊父が最近聞いたという講演会の話をされる。講師の名前は忘れたがなるほどとうなずいたことがありますと前置きしての話。
「100年に一度の不況といわれるが、人間の歴史はどの時代もその時代の苦難があった。その点戦後の我々は時代の抱える困難というものをある意味知らずに来たのではないか。ことに今の若い世代はそうした苦難を知らずに今まで来れたことはそれなりに有難いことかもしれないが、それだけにこの困難苦難を意義あるものとして転じてゆく機縁とするなら意味あるものになるのではないか」という趣旨だったというもの。
窮すれば通ずという格言があるが正確には「窮すれば転ず、転ずれば通ず」だそうだ。転ずる智恵こそが仏法聴聞をとおして開かれる世界である。

午後、市内I家のご母堂様の訃報。臨終勤行に赴き通夜、葬儀の段取りのご相談。

夜、6時S家通夜。
このたびの通夜も、喪主様に事前にお願いして通夜勤行が始まったら最前列(お仏壇に近い席)に座っていただき一緒にお勤めしてくださいと相談してあった。
法話の中でも、本来の通夜は喪主、ご遺族が最前列で一緒にお正信偈のお勤めをするのが本来の真宗の通夜であることご理解いただけるようのお取次ぎをした。

帰山して市内S蓮寺様にて、福井組で来年執行する親鸞聖人750回忌法要の法要部門の委員会。どういうスタイルでどこでどれくらいの参詣者を予定するかなどの叩き台を練る。
市内フェニックスプラザ大ホールで、2000人、法要・コーラス・講演会という形式でどうだろうという腹案。24日の寺院会で最終決定という運びになった。

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