自分に正直であるとは?

ヒラリー・クリントンの東大におけるタウンミーティングの席上で。
以下、産経新聞より
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女子学生が「どうしたら長官のように強く生きられるのか」と問いかけた場面。長官は「男の子とたくさん野球をやっていたからよ」と冗談を飛ばし、「あなた自身に誠実になり、仮に友人や両親の考えとは異なったとしても、あなたが大切だと思うことを実行しなさい。夢の実現に向けて立ち上がりなさい」と言葉に熱を込めた。

 農学部4年の黒川瞳さん(22)は「強く、冷たい印象があったヒラリーさんだが、誠実で真摯(しんし)なこれまでと違う一面がみられた。自分に正直でなければ男性社会では生きられないのだろう。正直、かっこいいなと思った」と話した。

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これは実に危ない(と思う)。現代人の好きな言葉の一つに、「自分の心に素直になる、自分の心に誠実になる 云々」がある。
その自分の心がいかなるものであるかを問わずして、みんなが自分に忠実に、誠実になった結果が、今の世界ではなかったか。

言葉の響きは悪くはないが、自分に忠実・自分のこころに誠実であるとは、
「わがまま・きまま」の言い換えに過ぎまい。

自分のもの見方、考え方は自己中心的ではないだろうかという問い返しを怠ってはなるまい。信仰を抜きにした、自己の良心などだけに任せては置けない。一番信用ならないのがこの私の心。用心、用心。

信じるに足る自分であると言い切れる人とは、そのお付き合いをよっぽど用心しなければ。都合の悪いことはすべて相手のせいであるといいかねないから。

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