にっぽん幸せさがしの旅 「隠岐島(1) 隠岐の島町」

何気なくつけたテレビで、タイトルの番組をやっていた。
にっぽん幸せさがしの旅 「隠岐島(1) 隠岐の島町」(1月18日)

この春高校を卒業して隠岐島を離れ本土に渡る高校生二人。一人は吹奏楽の経験をいかし、管楽器の修理(リペア)職人を目指し専門学校にゆく女生徒。
もう一人は男性徒。国語の教師になるために大学進学。

なぜ国語教師になりたいの?というアナウンサーの質問に「母が心臓疾患の発作で倒れ、脳への血流が滞ったため後遺症が残った。僕は今でも(高校3年生である)時々母を介助しながら一緒にお風呂に入る(その年になってもか?と笑う人もいるけど)。その母がお風呂で僕に「ありがとう」といってくれる。母の気持ちがこの言葉に凝縮されて僕に伝わる。言葉の持つ力、役割、大切さなどを自分も学びまた子供たちに伝えることのできる国語の教師になりたいんです」(取意)

司会の山本哲也アナウンサーは完全にウルウル。そして自分も。
よく用いられる表現だが、「こんな若者がいるうちは、日本はまだ大丈夫」という思いを強くした。彼が志望の学校へ進学できることを心から願う。

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