法事・通夜

午前中、市内T家二十五回忌法要。故人は、おばあちゃん。千福寺第一回目の初参式・花祭りに二人の曾孫さんをつれてお参りくださった。そのひ孫さんも今は結婚して、お兄ちゃんはもうすぐ四人の子供のお父さん。弟さんは最近結婚した。お二人とも人懐っこい明るい性格でその後、このお宅にお参りするたびに私の横に来て一緒にお参りしてくれた。
当主のご挨拶がありがたかった。旧制中学時代に肺炎を起こし戦前の薬もない時代に何日も寝ずに看病してくださったこと、仏法を大事にすることをおしえてくださったことなど、お母さんの思い出を声を詰まらせながら話される。

二人のお孫さん(故人から言えばひ孫)も、このおじいちゃんの言葉をしっかり胸に刻んでいただろう。

午後B町のO家、満中陰法要。

夜、鯖江の葬儀会館でY家の通夜。昨日お願いしたとおり、ご遺族が最前列に座って一緒にお勤めされた。このホールの入り口に「清め塩」が置いてあったこと、葬儀社の社員さんに撤去するようお願いしたこと、明日発表のアカデミー賞にノミネートされた映画「おくりびと」のことなど交えながらの法話。

映画の中で広末涼子演じる妻が、夫が内緒で葬儀社に就職したことがわかったとき、「そんな仕事」はやめてくれ、汚らわしいと叫んだシーンがあった。死にかかわることは汚らわしいこと、ひいては死そして遺体を穢れたものと見る思想があの「清め塩」に象徴されていることだけは否定しようがないだろう。

死は穢れ(=気枯れ)か?

  この思想は克服されねばならないのではないだろうか?

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