ご報謝ということ

午前中、市内H家満中陰法要。期日を早めての法要。というのも喪主を務めたご子息が仕事の関係でヨーロッパのある国で研究生活を送っておられる。ご父君の急逝のため緊急帰国され今日まで日本に滞在されたが明日離日せねばならないという理由による。

 

午後婦人会例会。今日は永代経法要に向けて会員の皆さんがお内陣仏具のおみがきのご報謝を買って出て下さった。浄土真宗では、自分の行為に手柄を見ることを徹底して嫌う。人間というものは、自分の行った善なる行為に何かと手柄をみたがるものである。いや善なる行為だけではない、すべての行為において、他の人よりも自分のほうが・・・・といばりたがるもののようだ。亡き雪山先輩が、癌の手術のあと、傷跡の大きさを比べあって、自分のほうが大きな手術だと優位に立ちたがる人間の心理を解説して下さったことを思い出した。

浄土真宗は他力という。だからといって善なる行為をつまらないというのではない。善なる行為を己が手柄にする根性がつまらないのである。ここに御恩報謝の思想の特徴がある。御恩報謝であるから、コレでは足りないということはない、しかし同時にいくら勤めてもしすぎるということもない。己の分斉をわきまえて精一杯つとめること。足りないのではないかと卑屈になる必要もない、他の人に比べて自分ははるかにこれだけのことをしたと威張ることもない。すべて御恩報謝。自分の悪にブレーキがかけられるのも御恩、よきことが思われることも御恩。すべて如来様のおはたらきの御恩ゆえ、できるところで精一杯努めさせていただきましょ。

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というわけで、輪燈はじめぴかぴかに。これで永代経法要の準備の一つができました。皆さん、有難うございました。お磨きを終えたところで、千福寺が誇る蕎麦名人M氏のおそばを皆さんで賞味。Mさんご協力有難うございました。

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