塗装養生

10時より、市内N家満中陰法要。お斎の席のお誘いを頂いていたのだが、このあとお参りがありご辞退させていただいた。お盆期間のご法事でよく申し上げること、それは「亡き人が迷っているのではない、迷うのは常に私たち人間の側」という話。

自分の理解力や判断力がたいしたものではないと気づくのは並大抵のことではない。

小林秀雄師の随筆『無常という事』を思い出す。

「生きている人間などというものは、どうも仕方のない代物だな。何を考えているのやら、何を言い出すのやら、仕出かすのやら、自分の事にせよ他人事にせよ、解った試があったのか。鑑賞にも観察にも堪えない。其処に行くと死んでしまった人間というものはたいしたものだ。何故、ああはっきりとしっかりとして来るんだろう。まさに人間の形をしているよ。してみると、生きている人間とは、人間になりつつある一種の動物かな。」『無常という事』より(小林秀雄著)

久しぶりにじっくり読み返してみようと思う。

本堂下の壁の塗装にチャレンジ。ペンキ・養生テープなどホームセンターで購入。そのための下準備すなわち「養生」を子供たちに手伝ってもらう。明日は塗装本番。

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