蓮の華

市内B町のM川さん、数年前から自分の田んぼの一部に蓮を植えておられる。今年寺の蓮の植え替えをしてあげると4月早々、土の入れ替えと根(蓮根=)の植え替えをしてくださった。

葉は伸びて来たものの中々花のつぼみがつかず、やきもきしていたのだが、先日坊守が朝の水遣りのときつぼみをつけていることに気づいて教えてくれた。

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そして今朝、その美しい開花を惜しげもなく披露してくれている。

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『維摩経』というお経に、有名なお言葉がある。

「譬えば、高原の陸地には蓮華を生せず、卑湿の淤泥に乃ち此の華を生ずるが如し。」『維摩経(ゆいまきょう)』

高地の清潔な陸地や手入れの行き届いた畑には蓮華は咲かない。蓮華がその華を咲かすのは、低地の湿気が多い汚泥の中なのである。

そしていうまでもなくこの汚泥とは、我々が   どっぷりと両足をつけていきているこの娑婆世界をさす。泥の中にありながら、したたかにしなやかにその汚泥をわが栄養と転じ、泥に汚されることなくさらにその汚泥すら美しく荘厳している蓮の花を仏法を喜ぶもの=念仏者に喩えられたことを、お正信偈の「是人名分陀利華」(このひとを分陀利華(白蓮華)と仏様が讃えて下さると親鸞聖人は高らかに歌い上げられた。同時に表面からは見ることのできない汚泥の中で必死にその根は根腐れを起こさないよう格闘していることも肝に銘じておかねばならないだろう。

※M川さん、おかげさまで今年も蓮の華を拝むことが出来ました。有難うございました。

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