日別アーカイブ: 2009 年 9 月 1 日

衆議院選挙

極力政治的発言は控えてきたこの空言戯言日記だが、この大変革に全く触れないのも在る意味不自然かとも思うので、所感をすこしばかり。

福井県は自民党が小選挙区の全議席を獲得した数少ない県の一つとなったが、比例区で票の多さから4議席を民主党が確保した。国会議員(衆議院)の数からいうなら、お隣石川県と同数となった。総理経験者がでると道路がぐんとよくなるといわれ、実際そのように感じられる(自分だけだろうか?)石川県のM氏、自民党の重鎮でもあり、かろうじて議席は確保したものの、自民党は野党に転落。中央での発言力はガタ落ちだろう。

政治の何たるかをも知らない坊さんでもひしひしと感じること。それは政治に限らず社会の変革の規模の大きさとスピードの速さ。宗教界もその埒外にはいられるはずもない。過疎化・過密化の人口偏在の日本で寺院の存在意義が問われている、いやむしろ必要とされなくなりつつあるというと悲観的に過ぎるだろうか。

仏法者はどこに軸足を据えておくべきなのだろうか。廃寺に追い込まれれている寺院が続出している現状の中、その軸を見失ったとき倒れてゆくであろう寺院の数は加速度的に増えてゆくだろう。

無量寿経に「菩薩はたのまれたわけでもないのに友となってくださりまた、たのまれたわけでもないのに法を説かれる」という意味のご文がある。《もろもろの庶類(しょるい=衆生のこと)のために不請のともとなり、不請の法をもってもろもろの黎庶(れいしょ=民衆)に施す》

今あなたは仏法なんか自分の人生に関係はない、お寺なんか必要ないとお思いかも知れないが、人間にはその根底に仏法がなければならないのですと、厚かましいといわれようと押し付けがましいと思われようと本来仏法は「不請の法・不請の法」として説かれたのであるというところに腹を据えねばなるまい。ただ自殺の問題など考えるとき、お前は人々の不請の友となりえているかという厳しい問いかけが自分になされれていることも忘れてはならないことだろう。

新政権のお手並み拝見などと悠長なことをいっている場合ではない。民主党に裏切られたら、日本人は完全に政治に愛想をつかすだろう。そしてそれはなによりも日本人自身にとって不幸なことだ。

蛇足ながら、新内閣総理大臣の奥方、少しばかり気になる点がある。今までに無いタイプのファーストレディであるとかないとかそんなことではなく、どうもオカルトめいた心性をお持ちのようである。奥様の影響はかなり新首相に反映されそうだが、日本の政治の舵取りがオカルト的なものに拠ってなされることなど考えただけでも寒気がする。無論そうならないことを念願しての蛇足である。

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