日別アーカイブ: 2010 年 1 月 3 日

初法務

10時より市内B地区、I家の三回忌法要。お勤めの後の法話で、「あけましておめでとうございます」の挨拶が、素直に新しい年を迎えることの出来た喜びの表現であるなら、自分にとって都合のいいことも不都合なこともあわせて、いのちめぐまれたことを無条件に喜ぶことのできる世界を自らのうちに確立しておかねばならないのではないかとお話させていただいた。

こうあったらめでたい、という条件付であるなら、めでたくないいのちもあることになる。人間は都合の生き物であるから、自分の都合でそれを決めてしまうのだろうが、どんな状況のなかにあろうとも、そのいのちを無条件に尊いもの、大切なものと念じてくださる阿弥陀様の願いに頭を垂れるとき、私の思いでいのちの値打ちが決まるのではないという、真にいちのちを寿ぐことのできる世界が開かれてくるのではないか。

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