映画三昧その2

昨日に続き、「ゴッドファーザー」Part3 を。知り合いで毎年年末に「ゴッドファーザー」を3作とも必ず観るという人がいたが、彼は今でもその儀式?を守り続けているのだろうかなど、いらぬことなど思いながら最後まで鑑賞。名作ですねこの映画は。

30年以上経ってもこの映画のもつ魅力はあせることはない。

Part3 で印象に残った場面の一つ。

コルレオーネの告悔の聞き役を務め、間もなくバチカンの枢機卿の互選によってローマ教皇の地位についたものの、時を経ず陰謀によって暗殺されることになる司教が嘆くシーン。

「石はどんなに長く水の中につけておいても割ってみれば水はそのうちには一滴たりともしみとおらない。同じく人は神の慈悲に包まれ続けているにも関わらずその慈悲を受け入れない(取意)」

このセリフを聞きながら、浄土真宗ならこの譬えをどう受け止め、あるいは切り込んでゆくかなどということをふと思った。

枢機卿の互選によって選ばれるのがローマ教皇で、その選挙を「コンクラーベ」と呼ぶことは知っていたが、この機会にWIKIPEDIA に頼って調べてみた。へー、こんな歴史があったんだ。

一回の選挙では満場一致とは中々行かず、何度も何度もやり直し、根回ししなおしの繰り返しなので「根くらべ」というなんてことはけっしてありませんです。

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