小林繁氏通夜

朝から生花、供華の申し込みの電話が鳴りっぱなし。そのたび葬儀社を紹介して申し込むようにお伝えする。その他りんどうホールの場所を教えてくれとか、通夜葬儀の時間の確認などなど。

がっかりしたのが、福井へはどういったらいいんですか?と福井県そのものを知らない東京からの問い合わせも数件。福井の認知度の低さをいやがおうにも感じさせらた。

地元の少年野球の父兄の代表らしき人が、マスコミの取材に応えて、
「福井におられる時は毎日のように子供たちの野球の指導に来てくださって
ました。お礼はどうしてたの?と尋ねる人もありましたが、完全なボランティアです」という談話。
通夜のお勤めの始まる前に、ユニフォーム姿の野球少年たちが揃って、お参りして帰りった。

3時ころまでは地元のマスコミだけだったが、

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通夜の始まるころには何倍にも増えていた。

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ニュースでは故人のご遺影も流していたが、ここにアップするのはやはり控えておきます。現在より少しお若いころの写真が、ご遺影として飾られてあった。まちがいなく鹿児島弁でいうところのヨカニセ(男前)です。

その代わりというわけではありませんが法名をご紹介しておきます。

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250件以上の供華。福井の町の花屋から花が消えました。(ちと大袈裟)

球界関係者だけでもこれだけの供華。

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