小林繁氏葬儀

正午、葬儀開始。お導師は喪主を勤められる夫人のお手次ぎ、H覚寺様。自分も諷経(ふぎん)として出仕。

もと大リーガーの大塚選手が弔辞朗読。

残念なことに、佛教界の努力不足もその一因なのだろうが、相変わらず天国の言葉が、その後の報道でも飛び交っている。(友人・関係者のコメント)

浄土あるいは極楽の言葉より天国の方がすっかり一般的になってしまった感がある。天国という言葉を使われる一般の方の天国と神のイメージってどんなんだろうかとリサーチしてみたい気がする。

とにかく、小林氏は仏教徒として仏式の葬儀を営まれこの世を去られた。氏の帰られた世界は天国ではない。

すでにくだんの「空白の一日」騒動については繰り返し語られているが、あの時氏が発せられたコメントに如実に顕れた「自分は犠牲者だとは思っていない。同情は買いたくない」という実に潔(いさぎよい)生き様は、あの騒動報道以上に語り継がれるべき価値があると思う。

鳥取から駆けつけられたご実家のご親族の方、ことに年齢を重ねられたご母堂様は、野球を愛し精一杯生き抜いたわが子を、悲しみの中にありながらも誇りに思っておられることだろう。昨晩通夜が終わった後、たまたまお揃いだった鳥取の親族の方のお写真を撮ってさし上げたが、ご母堂様の毅然としたお姿にそれを感じた。

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