マスコミ各社訪問

昨日のことになるが、若手のお坊さん二人に同行してもらって、福井市内の報道関係各社といっても昨日は3社だったが訪問してきた。

3月13日の福井組親鸞聖人750回大遠忌法要の後援を頂くためである。幸い3社とも社内に知人がいたので、受付で訪問の意図を告げると同時にその方を呼び出してもらった。快く皆さん受付まで来て下さって、その部署への紹介、案内をしていただいた。

訪問先にこうして知り合いの方がいてくださるのはやはり心強いものだ。2社は後援依頼を快諾していただいたが、N〇K福井局は、言いにくそうに、企画はよいと思うのですが、なにせ局の性格上一宗一派だけに肩入れするようなことは難しいかと思いますが、とにかく内部で検討させていただきますとのこと。局の姿勢、事情はよくわかります、まあ可能ならということでお願いして辞した。

今回はじめて知ったことだが、こうした行事、イベントに後援をもらいチラシ・パンフレット・ポスター等に後援社名を記載する場合、福井における社歴の古い順をまもるというのが福井ではマスコミ同士の暗黙の取り決めだそうだ。

これも納得。ときどきこの順番を守らないポスター・チラシ・パンフレットがあるらしい。だからといって後援を取り消すことはしませんがこれは守っていただきたいですねとある社の担当者の弁。

 

今日は、午前中法事を一軒。法話の後でご主人から聞いた話。地区の老人会の会長をおおせつかり、老人会の新年会を近所のお寺の本堂をお借りして実施した。新年会のことゆえ、当然お酒もはいることだが、せっかくお寺を借りてのことだから開会に先立ってお内陣に向かって合掌お念仏をいたしましょうと呼びかけたところ、いい年した老人の口から「めでたいお正月の新年会に念仏なんかふさわしくない」という横槍がはいってしまったと嘆いておられた。

自分は宗教が違うから自分はそれはできませんとおっしゃるならともかく、いわば縁起が悪いというようなお念仏の理解しかしておられない方が(いい年して 失礼)やはりおられるんですね。自分のいのちの拠り所・行く末そうした問題に目が向かれるのはいつのことでしょうと語り合ったことだった。

夜、りんどうホールで通夜。故人は福井の大手企業の会長婦人。会場の式壇もりんどうホールでは久しぶりの立派なものである。ただし一切の香典、お供えなど辞退されるとのこと。

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  1. JINEI のコメント:

    下記は、平成18年に、私どものお同行へお届けした年賀状です。
     
    幕末の彦根藩主に井伊直弼という大老がおりました。江戸幕府の危機を必死で立て直そうとした人物です。
     
    この井伊直弼が実は、念仏者であったことは、あまり知られてはいません。
     
    ある年の正月、彦根城の自室で、井伊直弼は書きものをしていました。いつもの癖で「ナマンダブ、ナマンダブ」と、お念仏がこぼれ出たというのです。
     
    近くに控えていた家来が、「お殿さま、どうしておめでたい元旦に、念仏を称えるのですか?」と尋ねたそうです。
     
    すると、井伊直弼は
     
      そなたは、未だにお念仏の心をいただいておらぬのか。
     
      阿弥陀仏とは、「無量」と「智慧」と「慈悲」をお持ち
      の仏さまじゃ。
     
      その仏さまが「南無阿弥陀仏」と仕上げてくださった。
     
      南無阿弥陀仏とは「限りない命を与えるぞ」との阿弥陀
      さまからの喚び声じゃ。
     
      こんなめでたいことがあろうか。
     
    家来へこのように応え、お念仏を称え続けたという話が伝えられています。
     
    私たちがお念仏を称えるのは、欲望を満たすためではなく、ただ ただ 「あなたを必ず救うぞ」との阿弥陀さまのはたらきが私に伝わり、その悦びが私の口からお念仏となって溢れ出てくるのです。
     
    新年あけましても、お念仏  仏暦2549年 平成18年
     

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