日別アーカイブ: 2010 年 3 月 19 日

かくれ念仏遺跡参拝記2

鹿児島二日目。ホテルを出立間際に、ホテルの社長が福井の方とわかり(ホテルは大和紡績が経営)わざわざご挨拶に見えた。朝食のレストランで福井の方言が聞こえたのだそうだ。ホテル独自ブランドの原酒をお土産に頂く。

今日も快晴。花尾のかくれ念仏洞を目指す。バスを降り、片道20分ほどの山道を歩く。最高齢82歳のおばあちゃんも曲がった腰で上り口に置いてある竹杖をたよりに一歩一歩のぼってゆかれる。当然といえば当然だが、こうしたかくれガマ(鹿児島弁で洞窟のことをガマと呼ぶ)は、お念仏する人々の秘密の集会場所なのだから、ある程度人里を離れ、不便なところにあるのが普通。昨日の永久井野のかくれガマも見つかりにくかったであろう場所にあった。

そ うして念仏の先輩のご苦労を思えば、こんな山道くらい、とお互いを励ましあいながら全員が参拝。

 

予定より大幅に早くこの花尾のかくれ念仏洞の参拝を終えることが出来たので、急遽予定を変更して、住職生寺の隣町、美山町の薩摩焼きの窯元を訪問することにした。司馬遼太郎氏の『故郷忘じがたく候』として描かれた、秀吉の時代に朝鮮半島からつれてこられた、後に薩摩焼きの陶工たちの子孫の住む町である。

次に生寺のすぐ隣、焼酎工場の見学と焼酎購入。当然試飲付き。皆さん、たくさんこの日置の町にお金を落として下さって有難うございます。(笑)

焼酎工場すぐ隣が明信寺。総代さん方はじめ婦人会役員の方々のお出迎えをいただく。本堂で住職(私の兄)の挨拶、総代さんの歓迎の挨拶。ならばというので、門徒を代表して参加者のIさんに急遽挨拶をしていただいた。

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(明信寺にて、お世話くださった皆さんとの記念撮影)

会館に用意されたお弁当をいただき、明信寺を出立、路知覧へと向かう。

この旅行の目的の一つがこの知覧。案外ここを訪れた人が見逃すのが、特攻記念館と併設して立つ知覧歴史ミュージアム。ここにも知覧町内で発見されたかくれ念仏関係の品々が展示してある。

そしていよいよ特攻歴史観。ずっと以前に訪れたとき見つけておいた念仏者の特攻隊員の遺書や、田舎のお母さんからの隊員への手紙などを再び眼にする。

知覧をあとに、今日の宿、指宿白水館をめざす。その前に添乗員さんの提案で、薩摩富士とよばれる開聞岳が美しく望めるそして本土最南端の駅で一休憩。たまたま通り合わせた列車(なにせ一日数本しかはしっていない)のサービスだろう、写真を撮る我々やマニアのためにホームで停車時間を大幅に延長して止まっていてくれた。

二日目の旅館は、白水館。ここに泊まるのは自分も初めて。それにしても大きな宿である。迷子になる人が出るのではないかと心配したが、杞憂に終わった。そういえばこの旅館では館内で有名な砂蒸し体験が出来る。参加者の多くが食事前に砂蒸しを体験した様子。

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