H家葬儀

午前10時、H家の葬儀開始。60年の長きにわたって総代を務めていただいたH氏だが、地域では土地改良の委員として地域のために貢献。その他、郷土歴史家として足羽町史編纂の中心的役割を果たされ、さらには福井市史編纂の委員としてその名前は郷土史研究者の間では知られた方だった。

りんどうホールの建設に当たっては、反対意見も含めて様々な意見が交わされる中、それらの意見にじっと耳を傾けたのち「どうでしょう、門徒一丸となって門徒会館建設に取り組みましょうや」の裁定ともいえる決断を下された。

銀行融資を受ける際、自ら保証人となっていただいたこと、予定計画よりかなり早く融資返済を完了することができ、担保解除の報告に伺ったことなど御恩を偲ぶばかりである。

19年前、脳梗塞により緊急入院され病院に見舞ったときのこと。枕元におかれた相当に読み込まれたあとのある聖典に目が行った。Hさんは笑いながら、「後遺症で言語障害がでていまして、眼に入ってきた情報(=文字)とそれを読んで口から発しようとする言葉が一致しないんです。そこで一字一句頭に入っているお正信偈を称えながら聖典の文字を眼で追うことで、文字情報と言語とを一致させるリハビリにもなっているんです」と仰ったことが強烈な印象として残っている。

その後、退院されてからというもの、不自由な体にも関わらずお正月の年頭参り、総代会、門徒集会、永代経、報恩講とお寺に足を運んで下さったお姿を他のご門徒衆も見てこられた。

また一人、あり難いご門徒がお浄土へと先に参って行かれた。お浄土でまたお会いしましょうとお見送りできるご門徒さんがいてくださることは、住職にとって何よりの幸せである。 Hさん、本当に有難うございました。 合掌

細野家納骨3

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