葬儀

午前9時半、本堂にて出棺勤行始まる。お導師のT縁寺様の優しいお声の『無常偈』が心に染入る。

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「帰三宝偈」読経が終わり、ご門徒の手によって棺がりんどうホールに運ばれる。棺を式壇に安置して葬場勤行開始。

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葬儀委員長を務めていただいた、細野丈志氏の弔辞。親戚のご住職から、あとで「あり難い弔辞だったけど住職のあなたが書いてお渡ししたんでしょう」と言われたのだが、「とんでもない、自分も目を通しましたが、訂正したのは、本堂建設の設計者のお名前と、日付の訂正との二箇所だけだったんですよ」とお伝えしておいた。

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近年の傾向として通夜の会葬の方は多くても、葬儀にはガタッと減るのが通例だけに、どれだけの方のご会葬がいただけるか、全く読めない。

結果、ホール内は満席。ロビーの予備席もかなり使われた様子。

葬儀の終わったあとで何人かの方からお聞かせいただいたのだが、ご自分の焼香が終わっても皆さん静粛さを保って下さり、葬儀終了まで会場に厳粛な空気が張り詰めた、近年にないあり難い葬儀でしたとの声をいただいた。これもお導師のT縁寺さまの丁寧な気持ちのこもった読経と出勤いただいたご法中がたの素晴らしい諷経、そしてご参列の方々の故人を偲んで下さるお心によるものに違いない。

法中の方々の退出後、このりんどうホールでの「お説教とジャズ」に毎回出演していただいてきた白井淳夫様にアルトサックスによる『恩徳讃』の演奏。

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いよいよ出棺。ご門徒を中心にたくさんの方々に最後まで見送っていただいて、前住職も本望だろう。

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午後3時、拾骨。不思議な感覚だが、ついさっきの棺に火を入れるまでは全身に悲しみが満ちていたにも関わらず、こうして荼毘にふし火葬を終えた今、お骨としての故人に対する思いは明らかに異なっている。やはりお骨を眼前にして故人との訣別の覚悟ができ、何か吹っ切れたような思いになるからだろうか。

ところがである。拾骨を終え帰山、骨壷を抱えながら本堂の階段を上がるとたくさんのご門徒の皆さんが、骨壷に納まった前住職を出迎えるために待っていて下さった。その姿が眼に入った途端、止めようもない感情が胸にこみ上げてきた。

前住職往生のお知らせから四日を経て、葬儀までかかわりながらやむなく帰りになられた方もたくさんおいでになられる。みなさま本当に有難うございました。

そしてようこそこうして最後の還骨まで見届けて下さいました。

やはりお寺はご門徒とともにある。綺麗ごとでなく、本当にお寺とは何かということをあらためて考えさせていただいた尊いご縁となった前住職の葬儀だった。

そうした思いなど、今後また寺の活動に反映させていきたいと切に思う。

親戚の皆さんが一斉に帰ってゆかれ、社会人の長男夫婦が夕刻の列車で関東へ向けて発っていった。

 

 

番外編その2

昨日怪我されたOさん。その後お体の具合はどうだろうかと長男を駅へ送ったあと、ご自宅へ伺ってみた。奥様がお出ましになり、「かえってご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません」と仰るので当方逆に恐縮。「治療のため一日おきに消毒処置に通院しなさいとの病院からの指示で今日早速言ってきましたが、日常生活には問題もなく、もう夕食を済ませて寝巻きに着替え床につくところです」。こんなやり取りのあと、すぐにご本人が玄関に顔を見せて下さった。何しろ頭部の怪我だけに昨日の腫れは大きかったが今日はその腫れもだいぶんひいた様に見受けられた。自転車でお寺に来ての怪我だったので、境内に自転車を預かっている旨お伝えして帰山。やれやれと家族にその旨報告。

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