早くも初七日

しんみりと家族3人で初七日のお勤め。七尾に嫁いだ妹もできるならお参りしたかったろうが、向こうも寺を預かる坊守として女手一つの体。気持ちは生寺にかかっていてもそれを許さない事情を抱えた身である。

ゆっくりお正信偈の行譜と仏説阿弥陀経とで初七日のお勤めとさせてもらった。家の中にしんみりした時間が流れている。家族それぞれ受け止め方はちがうだろうが、自分にはこれはこれで不思議と心休まる時間ではある。

ときどき、父の納棺のときのことを思い出す。専門の納棺師が慣れた手つきで、まさしく映画「おくりびと」の登場人物と同じような手順を経て納棺にいたるのだが、今でも何か少し違和感を覚えるのだ。遺体が損傷されているわけでもないので遺族が少しでも湯潅の真似事でもいい、関わらせてもらったほうがよかったのではないかという思いである。遺体がひどく痛んでいる場合、遺族にそれを見せるのは酷だということもあるとは思うが、湯潅そのものが専門家の手に取り上げられてしまったような気がする。

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