老人ホーム法話会

毎月定例の老人ホーム法話会。この施設の施設長さんは坊守の友人。かつては千福寺の「お菓子と法話の会」にも忙しい中を縫って参加しておられた。ホームの事務長さんに前住職逝去のお悔やみの言葉をいただく。施設長が今日当たり千福寺さんへお悔やみに伺うようなことを言っておりましたがと言われるので、ちょうど出掛けに施設長さんから坊守に電話をいただきまして私と入れ違いに今頃寺の方へ来て下さっていると思いますとお答えする。

実は、施設長さんはお医者様の奥様。前住職が定年で教職を辞してからしばらく漢文を小学生の二人のお嬢さんにお教えしていたことがある。そうしたご縁もありお忙しい中弔問に来て下さるのだろう。

法話会では、竜野瓢水の「浜までは 海女も蓑着る 時雨かな」の句を紹介しながら、同時に 利井鮮妙和上の 最晩年の法話 「私たち浄土真宗の者にとって何より肝心なことは いつ死んでも差し支えのない身に ならせていただいたうえで なるべく死なない工夫をして 御恩報謝の生活を」というお言葉を重ねて紹介。

長生きが目的ではない、長生きして何をするかが問題だ。ここまで書いて、曇鸞大師の逸話を思い出した。曇鸞大師ですら、大集経の注釈書を書くために長生きするということを目標に仙術をまなび、いつしかその不老長寿が目的になってしまわれた。長生きして何をするかと厳しく菩提留支三蔵に突っ込まれてはっと気付かれた。まさに本末転倒だったと。奥儀を窮めて譲り受けた仙経をその場で焼き捨てお念仏の教えに帰されたという。

いつしか手段が目的になってしまうことの陥穽をこの逸話は示してくれている。

「いつ死んでもいい身にならしていただいた上で、なるべく死なない工夫をして御恩報謝の生活を」。ありがたくも厳しいお諭しである。

帰山したら、施設長さんからの綺麗なお花がお供えしてあった。

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